インプラントのリスク1、入れ歯ではありません
“第二の永久歯”と称されるインプラントは、欠損した歯を補う最良の治療法だと言われています。実際、物を噛むという最も重要な歯の機能においては、インプラントに勝る人工歯はないと言って過言ではないでしょう。
また、見た目や衛生面にも優れ、何より、周囲の健康な歯への悪影響も違和感も全くと言っていいほどないのです。そのメリットを見ると、前向きに検討する価値大である事は間違いなさそうです。
ただし、どんなに優秀なインプラントにもリスクが付帯します。それも、一つ二つではありません。最低でも四つ五つはあるということで、今回は、そんな歯科でのインプラント治療におけるリスクに着目してみたいと思います。
まず、インプラントは義歯であり、一種の入れ歯治療だと思い込んでおられる方も少なくないようですが、実はこの勘違いこそが大きなリスクだと言えるでしょう。確かに日本では、インプラントと言えば、欠損した歯を補う歯科治療というイメージが強いですが、何を隠そう、豊胸目的で乳房に入れるシリコンもれっきとしたインプラント。
そもそも『インプラント』とは、体内に埋め込む人工物の総称なのです。という事で、医療の現場では心臓ペースメーカーや人工内耳、あるいは、骨を固定するボルトや人工関節など、様々な用途で様々なインプラント体が使われています。
そして、欠損した歯を補うために歯科で用いるのは「デンタルインプラント」。ただし、私たち人間の歯は、歯茎の中に埋まっている「歯根(しこん)」と、そこから伸びる「歯冠(歯冠)」から形成されていて、骨や内臓のように全面が体内に身を隠している訳ではありません。歯冠は堂々と表面に出ています。そのため、歯科用のインプラント体は、歯茎の中に埋め込む金属製の人工歯根のみという事になるのです。
とは言え、根っこがあっても肝心要の歯冠がなければ何の役にも絶たないのが人の歯。何しろ、普段私たちが一生懸命磨きをかけている白い歯の部分こそが歯冠なのです。これがなければ、まさしく歯抜け状態です。
そこで、その上に「アバットメント」という土台を取り付け、そこに義歯を装着します。すると、まるで新しい歯が生えたかのようになるという訳です。そういう意味では、入れ歯より差し歯に近いと言えるでしょう。
ちなみに、差し歯は事故などで前歯が折れたなど、歯茎の中に歯根が残っている状態で歯冠のみを欠損した場合に用います。生き残った根っこに金属やプラスチック製の土台を差し込み、「クラウン」と呼ばれる被せ物を被せる治療です。よって、差し歯は歯根有っての物種。抜歯をしたり、自然に歯が抜け落ちてしまった状態では選択肢に入れる事は出来ません。
それに対し、入れ歯は歯冠だけを装着するもの。不足している部分の歯のみを補充する「部分入れ歯」には、「クラスプ」と呼ばれる留め金で既存の歯に引っかけるように固定させる正真正銘の入れ歯治療と、両側の歯を支柱にし、その間に義歯を被せるように装着するブリッジという治療法の2通りがあります。
さらに、上下どちらかの歯が全てなくなった場合に用いる「総入れ歯」という歯科治療もありますが、これは歯茎の上から義歯の人工歯の並んだカバーを覆い被せるようなものですから、いずれも歯根のない状態で歯冠のみを補った形になります。見た目的には大差はなくても、根っこがあるとないとでは大違い。当然、物を咬むという機能を比較すれば、その差は歴然です。
しかしながら、差し歯は歯根が残っていなければ使う事が出来ません。ならば、根っこから作って入れればいいじゃんという事で考え出されたのがインプラント治療です。これなら、天然歯に極めて近い構造を持つ人工歯になります。強度抜群。周囲の歯とのバランスも良好で、違和感なく飲食が楽しめるという訳です。
その代わり、インプラント体を使用するには必ずメスを使った外科手術が必要な訳で、肉体的負担も経済的負担も大きくなります。単に入れ歯を造って入れるだけなら、虫歯や歯周病の治療をメインとしている町の歯医者さんでも十分手に負える施術でしょう。けれど、インプラントになると完全に口腔外科の領域です。十分な検査が出来る環境と技量を持つ歯科医師の揃った大学病院や歯科医院でなければ出来ません。
また、患者も、医療器具とは言え、異物を体内に入れるのです。それなりの条件やメンテナンスが必須となります。にも拘わらず、入れ歯治療やブリッジ治療と同じ感覚でインプラント治療を選択する事自体、大きなリスクだと言えるのではないでしょうか?
インプラントのリスク2、大がかりな外科手術になります
デンタルインプラントは早い話、人工の歯根を歯茎の中に埋め込むものです。ただし、人の歯茎は顎の骨を粘膜が覆っているだけのものですから、メスでその粘膜を切開し、出て来た骨にドリルで穴を開けて埋め込む事になります。完全な外科手術です。歯科医にとっても、患者にとっても、決してリスクは低くありません。
実際、同じ奥歯でも、親知らずとその横の歯を抜くのとでは大違い。親知らずの抜歯後に激しい痛みや腫れ、発熱に見舞われた経験をお持ちの方も多い事でしょう。これは、歯茎を切開したり、骨を削るために起こるものです。
そこで、親知らずの抜歯については、大きな病院の歯科口腔外科への紹介状を書く事で、少しでも自分と患者さん、双方のリスクを軽減する先生も少なくありません。これは、医療機器や人手の不十分な小さな医院より、優秀な先生方と検査設備の揃った医療機関の方が安全性が高いと考えるからです。
特に顎骨を削る場合、その骨の状態を念入りにチェックし、把握する必要があります。そこで、CT撮影が必須。多方向からX線を照射出来る「歯科用CBCT(コーンビームCT)」で口腔を撮影し、その画像をコンピューターで解析して現状を把握します。
もちろん、これはインプラントでも同様です。しかも、インプラントは人工歯根を顎の骨に埋め込む訳ですから、下手をすると神経を麻痺させたり、時に患者の命を危険にさらす可能性も秘めています。
事実、上顎の骨に差し込んだ人工歯根がその先の洞まで突き抜け、術後に上半身のしびれを発症した症例があるのです。さらに、ドリルで下顎の動脈を損傷し、出血多量で患者が死亡するという重篤な事故も発生しています。
こうした事から、長年インプラント治療に携わっているベテラン歯科医でも難しいとされるデンタルインプラント。しかし、なぜか必要以上におすすめする歯医者さんも少なくありません。なぜなら、入れ歯治療は健康保険でまかなわれる事も多いですが、インプラントは完全に自由診療だからです。
ところが、某有名大学病院のK先生に言わせると、インプラントが正式に日本の大学で教えられるようになったのはごく最近の事。実際に治療にあたる歯科医師は、インプラント体を取り扱っている業者の開く講習会や研修会をベースに独学で学んでいる人が圧倒的多数なのだそうです。
となると、学校できちんと勉強した若い先生の方が安心なのかと言うと、決してそうではありません。やはりいくら知識は豊富でも、経験によって磨かれる技量が不十分なら話にならないのです。という事で、こうしたリスクを少しでも軽減するには、手術を受ける医療機関と歯科医選びも重要になるでしょう。
インプラントのリスク3、誰でもが受けられる歯科治療ではありません
デンタルインプラントは人工歯根をしようするため、移植施術ではありませんが、非常に難易度の高い歯科治療の一つです。さあ、勇気を出してなどとよく言われますが、元々誰でもが受けられるものではないという大きなリスクを持っています。
そもそも、先進歯科医療のように言われるインプラントですが、実はその歴史は思いのほか古く、1950年代にスウェーデンの医師たちが人間の骨とチタンが結合する性質を持っている事を発見したところから始まりました。その後、1960年代半ば以降、優れた臨床報告が次々と出されるようになり、承認する国が続出。日本でも1983年から正式な認可のもと、一般歯科での治療が開始されています。
という事で、今やインプラントは歯科業界でも最も脚光を浴びている医療機器であると言って過言ではないでしょう。日本国内でも20種類以上のインプラント体が市販され、1本10万円という超格安のものも登場して来ています。
しかしながら、デンタルインプラントは骨結合しやすいチタンか、チタン合金でなければならない訳です。という事で、金属アレルギーがある人には非常に危険です。また、手術には麻酔が使用され、ある程度の出血を伴います。
そこで、高血圧症や心臓病、脳血管障害や動脈硬化、糖尿病などの持病や既往歴があり、それらを抑制するための薬を服用していたりすると慎重にならざるを得ません。こうした病気の影響で感染症のリスクが高まったり、骨結合が順調に進まない可能性があれば、NGと判断するしかない事も多いのです。
そして何より、骨に人工の歯根を埋め込む訳ですから、顎に丈夫な骨が一定量以上残っている事が絶対条件です。よって、骨粗鬆症の人も中々厳しいでしょう。さらに、歯周病で歯が抜けるのは、虫歯のように歯冠や歯根に損傷を来すからではありません。歯根の周囲の骨が細菌たちに溶かされるからです。
従って、重度の歯周病で欠損した歯をインプラントで補う事も難しいケースがあります。また、歯が抜けたまま放置したり、歯根を持たない入れ歯を使っている期間が長くなると、骨が痩せたり吸収されたりし、骨量が不足しているかもです。
ところが、インプラントを検討する人の大半がアラフォー以上の中高年男女。そこで、先のような生活習慣病や骨粗鬆症などの病気を持っていても不思議ではないのですが、自分ではまだ気付いていない人も大勢言います。
事実、こうした全身疾患と歯周病のような歯の疾患との関わりは非常に深く、歯が悪くなったから病気になった、あるいは、病気になったから歯が悪くなった可能性も低くなさそうです。
という事で、患者さんがインプラントを希望している場合、歯科用CTだけでなく、心電図撮影や血液検査も行った上で、本当に可能かどうかを診断する必要があります。そういう点でも、設備の整った大学病院や総合病院で相談するのが望ましいのです。
インプラントのリスク4、歯周病になるかもです
確かにインプラントで装着した義歯はとても優秀で、40年は保つなどと言われています。という事は、40歳で治療すれば、その寿命は80歳。まさしく第二の永久歯です。
ところが、前述の通り、日本でインプラント治療が承認されたのは1983年。すなわち、2019年現在、実際に40年間使用し続けた人はいない訳です。それどころか、歯冠部分が折れたり、欠けたり、外れたりといったトラブルはしばしばあり、数年後に歯周病を発症する人も珍しくありません。
まあもっとも、インプラントを導入している場合、「インプラント周炎」と呼ばれる訳ですが、発症のメカニズムと症状は、歯周病の末期である歯周炎と全くと言っていいほど同じです。
前述の通り、進行した重度の歯周病になると骨が溶け、歯が抜け落ちます。これを「歯周炎」と呼び、その前には必ず「歯肉炎」が存在します。歯肉炎はいわゆる初期の歯周病で、歯と歯茎の境目に腫れや出血が見られる段階です。歯科医院で綺麗に口腔内を掃除してもらい、薬を塗布してもらうだけで食い止められます。
しかし、放置して置くと感染が進行し、歯と歯ぐきの境目はどんどん細菌たちに蝕まれて行きますから、大きな穴が開いた状態。この穴が、よくテレビCMなどで耳にする「歯周ポケット」です。こうなると、もうその歯茎は歯周病菌たちのパラダイス。そこからどんどん歯根の方へと侵略して行きます。そして、歯を支えている歯根膜や歯槽骨が破壊され、やがて歯が抜け落ちるという訳です。
流石に歯が抜けるまで放置しておく人は少ないものの、歯茎が腫れて痛い、血が出る、歯がぐらぐらするという事で、ようやく歯科を受診する人は珍しくありません。けれど、この段階で歯医者さんに駆け込んでも、すでに手遅れ。完全に歯周炎にまで発展した状態で、もはや抜歯するしかないと診断される事もしばしばです。そして、これと同じような事がインプラントをしていても起こります。
実際問題として、インプラントは入れ歯のように取り外しが出来ません。一生付けっぱなしですから、既存の歯と同様に、毎日、出来れば毎食後、きちんと磨いて上げる必要があります。そうしないと、歯垢がたまり、それが歯石になって骨を溶かして行くのです。
しかも、人工歯根を埋め込んだ歯茎は手術の影響もあって、すでに100%健康体とは言えないでしょう。そのため、歯肉炎から歯周炎に進行する速度が恐ろしく速いという特徴を持っています。
ところが、どんなに本物そっくりでも人工歯は人工歯。天然歯のように神経が通っていませんから、虫歯のように歯そのものが痛くなるという事がないのです。事実、義歯が虫歯になる事もない訳ですが、ゆえに、異常に気付くのが遅れ、簡単にインプラント周炎にまで到達してしまいます。
という事で、第二の永久歯と言いつつも、実は大半の歯科医師は、どんなに適切な手術をしても10年補償。また、その10年間の残存率の平均も、上の歯で80%から96%、下の歯で81%から97%と、100%ではないのです。
おまけに、日本における歯周病の罹病率は20歳以上の成人ですでに60%超え。40代以上になると80%にまで達します。だからこそ、歯を失い、インプラントを検討する人が後を絶たない訳ですが、それだけ口腔内のメンテナンスが苦手という事で、これでは先生方も長期保証のしようがないというものでしょう。
したがって、インプラントをした以上は、今まで以上に歯を大切に、専用のブラシを使って奥まで正しくケアする必要があります。これは一生インプラントを使い続けたければ、一生つきまとうもので、大きなリスクと言えるのではないでしょうか?
インプラントのリスク5、治療期間と治療費がかかる
数あるインプラントのリスクの中で最も大きいのが治療費。入れ歯やブリッジは、素材や施術法が限られるとは言え、健康保険で対処しようと思えば対処出来ます。
銀歯なら、1本3,000円前後からといったところでしょうか。それに対し、インプラントは、どんな人工歯根を使っても、どのような手術法を使っても全て自由診療なのです。しかも、1本最低でも10万円以上になります。
ちなみに、インプラントの平均的な治療期間は1年半。長い人になると2年以上かかります。なぜなら、インプラントを歯茎に埋め込んだ後、それが骨としっかり結合するまで待たないと歯冠を取り付けられないからです。また、歯冠を取り付けたあとも、1年間は骨の状態や噛み合わせをチェックしなければならないという事で、定期的に通院する必要があります。
ならば、どのくらいでインプラント体と骨が結合するものなのかと言うと、これこそが個々の持つ治癒力と言いますか、骨密度によって大きく異なり、やはり若い人の方が早い傾向は否めません。
とは言え、それでも、下顎の場合で2ヶ月以上、上顎になると3ヶ月以上はかかるものと見られます。そこに術後の経過観察期間を入れると、1年半から2年程度になるという訳です。当然、その間の通院には診療費がかかります。また、事前のカウンセリングや検査の費用もかかる訳で、それらをトータルすると、50万円程度といったところでしょうか?
ただし、事前検査から歯冠の装着までを1パックとし、そこに手術費と人工歯根や人工歯冠など、全てのパーツの代金を含んでいる歯科医院も少なくありません。なぜなら、そうする事で、デンタルローンが使えるからです。
という事で、その平均金額を見ると32万円。安価なところでも25万円以上です。ただ、その一方で、45万円を超えるところは殆どありません。また、初診となるカウンセリングは無料というところも少なくありませんので、これに経過観察の診察料を加えると、ほぼ50万円以内に収まるという計算です。
そんな中、嘗て1本10万円という格安インプラントが一斉を風靡しかけました。しかも、安心の国産です。しかしながら、前述の通り、日本はデンタルインプラントにおいては完全な後進国なのです。
歯科業界では先進国に追いつけ追い越せと日々研究が続けられているものの、本当に良質な器具はそれなりの価格になります。国産であろうが海外産であろうが、一流メーカーの安全なインプラント体は15万円を切る値段で提供する事自体が不可能だと言えるでしょう。
事実、とある町の歯科医院で格安インプラントを装着したAさん。治療後になんと、鼻から膿が出るようになったと言うではありませんか。そこで、A大学病院で診察をしてもらったところ、やはり埋め込んだインプラントに問題があるとの事。B大学病院の口腔外科で取り出す手術を受ける事をすすめられました。
さらに、セカンドオピニオンとして意見を求められた某歯科口腔外科Y先生も、やはりこれはインプラントを抜歯するしかないという診断。結局は時間もお金も含め、全てが無駄になってしまったのです。ですので、安価なインプラント治療は、あまりにもリスクが大きすぎると言えます。それなら、高額というリスクを選択する方がよほど賢明なのです。
という事で、治療費の安さで誘惑するような歯科医や医院は決して良心的とは言えないでしょう。とにかく自由診療の患者を一人でも多く確保したいという魂胆が見え見えです。かと言って、知識も経験も技量も乏しいのに、高価な治療費を取ってインプラントをしようとする先生も問題。
やはり、まずは最初のカウンセリングの段階で、十分な設備の整った医療機関かどうか、きちんとした治療計画と細かな説明を出せる医師かどうかを確認する事が重要だと言えます。